黒色春日和

ダーティな思いつきをキューティにお届け☆

あたらしい左手

向こう側から戦車がやってきた。

その戦車は子供のころよく遊んでいた公園で見かけた戦車に似ていたので

とても懐かしい気分になって

すれ違いざま、そのフェンダーに触ろうとしたら

機関室からカラス頭の男が降りてきて

僕のそのフェンダーに触ろうとした左手をぶっとばした。

僕が「何するんだ左手を返せ」と言うと

カラス頭の男は「こいつは失敬」と言って

持っていたボストンバッグから新品の左手を取り出すと

僕に渡してくれた。

それが僕のあたらしい左手だった。

 

僕のあたらしい左手は指が多くて

使い心地がよくて

そして何より

かっこいいんだ。

 

絶対に無理してるって思われたくない

絶対に無理してるって思われたくない。

だから僕はいつも余裕ぶって物事をこなしてきたし、

無理しなきゃできないことは避けてきたつもりだ。

でもだんだん気づいてきた。

この「絶対に無理してるって思われたくない」っていう感覚が、

逆に自分に無理を強いているんじゃないか。

他人にどう思われようが構わない自分の姿。

その姿こそ僕が望んでいる絶対に無理してるって思われない姿なんじゃないのか。

それ以来、僕は脱力した。

その脱力をした僕を見た人々は口々にこう言った。

「もっと頑張りなさい!!」

驚愕

あんまり突発的な物事に驚かないように訓練してきたつもりだ。

坐禅を組む、天に祈りをひたすら捧げるなどして。

でも唐突な出来事にはやっぱり驚愕してしまう。

脇道から犬が出てくるとか。

その犬というのもポメラニアンとかチワワではなく、ゴールデンレトリバーだったりラブラドールレトリバーだったりするのだ。

そしたらもう驚愕する。

どれくらい驚愕するかというと地球に隕石が、しかも直径が地球の直径の半分くらいある隕石が降ってくるくらいに驚愕する。

いやごめん、そんなに驚愕しないかもしれない。

でもまあ「あっ」くらいは言うだろう。

80デシベルくらいの声量で。

近くを通る救急車のサイレンくらいの音量で。

そしたらその犬を散歩させているご婦人も驚愕するだろう。

「あっ」って。

80デシベルくらいの声量で。

近くを通る救急車のサイレンくらいの声量で。

ちょっと待て!!セスナがこっちに向かってる!!

わかってるだろ?お前も一緒にプリンを食べた。

それが真実だ。それ以上でもそれ以下でもない。

一緒にプリンを食べたんだからお前にはあいつに電話をする義務がある。

さあ今すぐ電話するんだ。俺のスマホを貸してやるから。

いや、ちょっと待て、なんだあのセスナは!?

まさかあいつのセスナか!?

おい、なんとか言え!なんとか言ったらどうなんだ!!

やめろ、電話を今すぐやめろ!

あのセスナ、こっちに向かってるじゃないか!

まさかここでの会合をあいつにバラしたな?

そしてこの承天寺まであいつのセスナを飛ばさせたんだ。

クッ、やられた。あいつ、バズーカを持ってるじゃないか。

俺の負けだ。そう、プリンに最初に手をつけたのは俺さ。

さあ、煮るなり焼くなり好きにしたらいい….…。

バザー

バザーまでは1週間あった。

私はバザーが楽しみで、早く1週間が新幹線みたいな速さで過ぎ去ってくれないかと天に祈った。

翌日、教室で私が堂々と「バザーが楽しみだ」と宣言すると伊織が「でも大したものは無いじゃん」と水を差してきた。

私は以前のバザーで購入したクルトガカドケシを見せびらかし、バザーは我々の学校生活をこんなにも快適にするグッズを提供してくれるのだ、と自慢げに言った。

正直、クルトガの方は近所の文房具屋で購入したものだったがバザーの良さを伊織に伝えるためにはここで登場してもらうしかないと考えたのだった。

すると伊織は私のクルトガを手に取りすぐさま自分の眉間に突き立てた。

私が呆気にとられていると伊織は高らかに宣言した。

「我、バザーの神。ここに在りしクルトガはバザーにて取り扱われていた品にあらず。しからば虚言を呈した汝に罰を与えん」

教室が光に包まれ、その光の中で私はバザーに関する記憶の一切を失ったのだった。

ある男の生活

仕事が終わった。

一服した。

少し飲酒をした。

身体が鉛のように重かった。

精神がメキメキを音を立てていた。

それに構わず明日の仕事の準備をした。

外ではカラスが鳴いていた。

その鳴き声を聞くたびに学生時代を思い出した。

しかし思い出したところで大した思い出は無いのだった。

身体はもうビクともしなかった。

精神はもう粉々になっていた。

「また仕事が始まって同じ日々が繰り返されるのだろう」

また一服した。

また少し飲酒をした。

ゆっくり深く呼吸をして、

それから二度と呼吸しなかった。

電柱

横浜市営地下鉄ブルーライン北新横浜駅から西に約1km、港北インターチェンジのふもとには一辺50mほどの正方形の空き地があり、月に一回「安吾」というラーメン屋がそこに屋台を出す。

安吾」ではラーメンを注文した客にタブレット端末が配布される。

客は店主からそのタブレット端末でローカルタレントで有名な有馬遊行が電柱に向かって罵声を浴びせている動画を見るように推奨される。

それを拒否するとラーメンの価格は2倍になる。

動画を全て見ると替え玉が無料になる。

 

「よくこんなサービスを思いつきましたね」

私がこってりスープのとんこつラーメンをすすりながら尋ねると店主はこう答えた。

「私の母親は電柱が好きでね、なにかというと電柱の話をしたもんだ。昔はほら、電柱全盛期だったでしょう?幼いころの私もそれに影響されて、よく立派な電柱を見に遠出をしましたよ。最近の方はあんまり電柱に関心をお持ちにならない。だからこういうサービスで電柱への関心を絶やさないようにしている訳です。微力ながらね」

私の手元のタブレット端末では有馬遊行が電柱を「ストイックなボクサーかお前は!」と罵倒していた。明らかに大げさなスタッフ笑い。私は動画を一時停止してラーメンを味わうことに専念することにした。